それぞれの国には固有の文化(人間の行動様式)があります。そしてその文化は、気候や風土、自然環境、宗教、歴史などの違いに基づいており、文化によってそれぞれ「何を当たり前と思うか」という常識、あるいは「何が重要であるか」という価値観には違いがあります。その常識や価値観の違いが大きいポイントにおいて、異なる文化の持ち主は、考え方のすれ違いを起こしますす。やっかいなことは、お互いに自分たちの「常識」が「正しい」もので、相手の「常識」は「非常識」なのだと思ってしまうということです。
自分が真ん中にいると思っていれば、そこから外れた考え方は正しくないと認識します。しかし、日本人である自分の持っている常識は、世界全体を見れば「非常識」であって、タイ人の「常識」のほうが世界の常識に近いということも考えられるわけです。そのことは、タイの常識や価値観と日本の常識や価値観の2元論でだけで見比べていてもわかりません。お互いの違いについての「相対的な距離」を理解することができたとしても、世界の中で日本の文化とタイがどういう位置付けにあるのかという絶対的なポジションは、日本とタイを見較べるだけでは見えてこないからです。日本人の考える「当たり前」が世界の中での「当たり前」に近いのか、タイ人の「当たり前」の方が世界の中での「当たり前」に近いのかは日本とタイとを比較するだけではなく、他の多くの国々における「当たり前」と比較してみなければわかりません。自分の常識や価値観だけに照らして、日本人の当たり前を当たり前と思い込んでしまうことが、文化による認識の違い、いわゆるカルチャーギャップを生み出し、このカルチャーギャップこそが、海外ビジネスにおいて生ずる多くの問題の根源となるのです。
このカルチャーギャップの問題を正しく理解するには、まずは常識や価値観の違いがどこにどのように存在するのかを認識する必要があります。つまり、そこに文化的な距離があると言うことをまずは認識することが必要です。そこにカルチャーギャップがあることを知らないままで「そんなこと当たり前だろう!何で解らないんだ!」と怒っているだけでは、怒られた方はなぜ怒られたのかを理解ません。理解できなければ同じことが繰り返されて、根本的な問題は放置されたままになってしまうのです。そして「これだけ口を酸っぱくしていっているのにいつまでたっても改善しない。タイ人はどうしょうもない連中だ」というような評価を下してしまうことになります。同じ文化を持つ日本どおしであれば、「こう言う場合にはこうすべき」という共通の行動の規範を持っています。言われた方も自分がその規範から外れた行動をとったことを認識していますので、注意をすれば自分の行動のどこがどういけなかったのかは解っています。行動規範を共有しているからこそ、自分がどうすべきだったのかがわかるのです。しかし、そもそも「こうすべき」という行動規範そのものが共有されていなければ、怒られた方はなぜ怒られているかを理解することができません。
そして次のステップとしては、自分の行動規範に基づいた行動を「常識」を押し通すことが、本当にこの場で必要なことなのか。タイ人の考え方にも一理あるのでは無いのか、ということを客観的に考えてみることが必要となります。もし、タイ人の行動があなたをイライラさせていたとしても、そのことを「こう言う理由でこうすべき」と論理的に説明できないのであれば、それは単に自分の持っている行動規範とは合わないと言うだけで、タイ人はタイ人の行動規範によって行動しているのであって、それはそれで合理的な行動なのかもしれないのです。
日本企業がタイで運営する時に、タイの文化を取り入れるべきなのか、それとも日本の文化にタイ人を従わせるべきなのか。ここには2つの考え方があります。一つは「タイに来てビジネスをしているのだから、タイの文化で進めるべき」という考え方です。しかしもう一方で、日系企業の顧客はやはり日系企業であることが多いと思いますし、また相手がタイ企業であっても「日系企業なのだから日本流に対応してもらえるだろう」と言うことが期待されるという側面もあります。「日系企業なのだから日本流に対応してもらえるだろう」という顧客の期待に100パーセント応えようと思うのであれば、全てのオペレーションを日本人だけで行えば、日本と同じような仕事の進め方を行うことは可能でしょう。しかしそれは、先ほど述べた労働許可証の問題があり、タイ政府は認めてはくれません。どうしても、タイ人を主として日本人がマネジメントや指導のみを行うという体制にせざるをえません。またコスト的にも、全員に日本人の給料を支払っていたのでは、経営が成り立たないでしょう。したがって、日系企業の日本人マネジメントとしては、文化の違うタイ人をうまく使って、日系企業としてのオペレーションを実現しなければなりません。
タイでタイ人を使って日系企業としてのオペレーションを行うことを実現するためには、まずは日本人とタイ人では、その考え方のどこにどのような違いがあるのか、ということを正しく理解する必要があります。そういった文化の違いに対する理解において、私自身は多くの赴任者と比べて若干のアドバンテージがありました。それは、私が赴任するのはタイが初めてではなかったことです。私は現職に着く前に家電メーカーに28年間勤務していましたが、その時代に、欧州では英国・オランダの2カ国で6年間、アジアではシンガポールに4年間と、合計10年間の海外赴任経験がありました。
前職の会社の海外オペレーションは、全世界でビジネスを行いつつも、それぞれの国でのオペレーションを「現地化」するという考え方で行われていました。ですので1992年に最初に赴任した英国の現地法人では社長から直属の上司までみんな英国人、会社の運営も英国流に行われていました。そして英国人の中で仕事をすることに慣れた頃、欧州市場が統合されることが決まりました。1999年1月1日の欧州共通通貨ユーロの導入です。そこで新たに欧州全体を一つの市場としてマーケティングを行う事が必要になったため、欧州統合組織が設立され、1995年にはオランダから欧州全体を担当することになりました。
オランダの新組織では、オランダ人フランス人、イタリア人、ドイツ人、トルコ人、ロシア人など、欧州各国から集められた同僚たちと「欧州市場の統一」という未知なる課題に向けての仕事を進めることになりました。ここでは、日本から見れば「ヨーロッパ」という一つの地域に見えていたものが、それぞれに全く違うモザイク状の文化を持つ人たちの集合体であるということを、身にしみて理解することになりました。
その後1998年に日本に帰任したのですが、2005年には再び海外赴任することになります。今度の赴任地はシンガポールです。この時にはアジア太平洋地域の部門トップとして、採用や処遇の決定などの人事面を含めたマネジメントの仕事を行いました。直属の部下である10名ほどのシンガポール人に加えて、中国・香港・韓国・台湾・マレーシア・フィリピン・タイ・インドネシア・オーストラリア・ニュージーランド・インド、そして中近東とアフリカ地域という地球全体の半分ほどの広大なエリアとたくさんの国々において、それぞれの国にいる担当者を使ってマーケティングを行なうという、さらにマルチカルチャーなマネジメントになりました。
こういった経験から私は、文化の違いによる人間のものの考え方・感じ方の違いについて、その要因について分析して考える癖がついています。特に欧州においては、北欧と南欧、西欧と東欧というだけではなく、アングロサクソン、ラテン、ゲルマン、スラブといった各民族によっても物の見方、考え方、感じ方に大きな違いがあります。私が取り扱っていたのはポータブルオーディオ製品でしたが、例えばその色合い一つをとっても狭い欧州の内側であるにもかかわらず、それぞれの意見を主張して一歩も引かず、一つの意見にまとめ上げるのは困難を極めたのです。
例えば欧州の人たちは、ベッドの脇にクロックラジオというものを置き、それを目覚まし時計として使っています。日本人であれば目覚まし時計をおくベッドサイドテーブルに、時計のついたラジオを置くのが一般的なのです。その文化自体は欧米各国に共通のものです。しかしそのクロックラジオの色を、イギリス人は絶対に白でなければならないと言い、ドイツ人はシルバーでなければならないと言い張って全く譲りません。この例では、英国・フランス・ドイツなどで数十件の「お宅訪問」を行う、各国の家具屋さんを廻ってそれぞれの国におけるインテリアの好みの違いを把握していくわけです。その結果としては、狭い欧州においても、壁の色や家具の色調は大幅な違いがあることが把握できます。これは個人の色の好みからきているのもではなく、イギリスとドイツでは、家や家具の色調、インテリアの好みが全く違っており、イギリスの家のベッドルームには白がマッチし、ドイツの家ではシルバーが似合うことは明白です。お互いの文化の違いを知らずに主張をしている当人たちは、なぜ議論になっているのかということ自体が理解できないのです。イギリス人にとっては、寝室に置くものが白でなければならないことは「当たり前」なので、ドイツ人がシルバーを主張すること自体が理解できない。欧州各国の生活文化の違いを知って初めて、その製品を両国で売るためには、コストと手間をかけても白とシルバーの2色を作ることが必要であることが分かるのです。別の例では、オーディオ製品のスピーカーの木目調の色合いでも、北欧圏のモダンなインテリアにあわせた白木調のものと、南欧の重厚なインテリアに合わせたマホガニー調の2種類を用意する必要があるのです。
このように、欧州各国の人間の意見の違いが個人の好みなのか、自然環境や歴史の違いからくる文化的背景によるものなのかを見極めるために、私は常に「この違いは、何が生み出しているのだろうか?」ということを考えるようになりました。そしてその経験はその後、中国、韓国、香港、台湾、タイ、マレーシア、インドネシア、ベトナム、フィリピン、インド、パキスタン、イラン、クゥエートなどのアジア各国、南アフリカ、ケニア、タンザニア、エチオピアのアフリカ諸国、ブラジル、チリ、アルゼンチン、メキシコといった中南米地域など、世界57カ国を訪問してターゲットユーザーの生活文化を理解することにより、それぞれの地域にあった製品を生み出すことに生かされました。
立場が変わってタイにおいて工場を運営するにあたっても、文化の違いを考察して、人間の物の見方や感じ方の違いの理由を見出していくという考え方のベースは生かされています。日本とタイの2カ国だけの経験で見ると、どうしても自分の「当たり前」を中心としてタイ人を見てしまい、自分とは違う考え方を「変わった考え方」だと思ってしまいます。しかし、その違いを生み出しているものは何か、文化の違いを俯瞰してみることによって、相手の主張が単なるワガママなのか、その文化における当たり前の主張なのかを客観的に判断するという視点を持つことができるということです。
本稿は、タイの風土や歴史、宗教といった背景を踏まえてタイ人の物の見方考え方を理解することで、タイにおけるマネジメントのコツのようなものをつかんでいただけることを目的に、書き進めていきたいと思っています。
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