タイで会社運営を行なっていると、日本とは比べ物にならないくらいの頻度で、従業員の離職が起こります。では、離職の多さにマネジメントとしてはどのように対処していけば良いのでしょうか?
まずは、退職者が出ても慌てないこと、悩まないことです。日本人からすると、会社を辞めるのは「よっぽどのこと」ですが、タイ人にとってはそうではありません。
タイにおける年間の離職率は、製造業の場合で年間18%(Willis Towers Watson社 2017 General Industry Total Compensation Survey)。あなたの部下が10人いれば、年に2人は入れ替わるものだということを、あらかじめ受け入れておくことです。日本人の感覚で私のように「私の何が悪かったのだろう?会社のどこがいけなかったのだろう?」と悩む必要はありません。(参照: 「2. なぜタイ人は、すぐに会社を辞めてしまうのか?」) どんなに待遇の良い大企業でも、人は辞めます。タイでは、というより日本以外の場所では、従業員が辞めることは日常なのです。会社を辞めることが人生の一大事であるという日本人の感覚の方が、世界では「変」なのだということを、まずは認識しましょう。
従業員が辞めやすい、つまり人材の流動性が高いということは、メリットもあります。それは、優秀な人材を採用しやすいということです。
私がマネジメントを担っていたのは、従業員20名程度の小さな会社ですが、日本で言えば東大、京大、一橋大に相当する、チュラロンコン大学、チェンマイ大学、マヒドン大学卒業の人材を採用できています。
生涯を預けることが前提の日本での就職とは違い、人生のうちの2−3年間を一つのステップとして勤める会社を選ぶわけですから、会社の規模やネームバリュー、福利厚生の充実などは、日本人が会社選びをする場合に比べると、優先順位としてはは低くなります。彼らにとって最も重要なのは、ポジション名と月々の給与です。日本人にとっては、就職というと「会社を選ぶ」ものですが、彼らは「職」つまり、営業なのか、経理なのか、人事なのか、設計エンジニアなのか、生産技術者なのか、という自分の「職」つまりプロフェッショナリティーにおいてステップアップできるかどうかが問題なのです。ですので、彼らにとっては、営業なら営業、生産技術なら生産技術という自分の領域での自分のポジション、つまり「営業マネージャー」といった役職につけるかどうか、そしてそれにふさわしい給料をもらえるかが大事なのです。その際に、彼らがこだわるのは月々の給与額で、ボーナスやそれ以外の福利厚生にはあまりこだわりません。なぜなら肩書きと月額給与こそが、その人の「現在価値」を表すものだからです。ボーナスの月数は、会社が儲かっているかどうかを表しているにすぎず、その人の価値ではありません。ですので、ボーナスの月数の多い大企業からの転職で、ボーナス込みの年収ベースでは下がってしまうような場合でさえ、転職して来る場合もあります。わざわざなぜ、年収が下がるのに来てくれるのか最初は理解できませんでしたが、彼らにとっては月額給与額が、次の転職の際に職務経歴書に記載できる、自身の社会的地位を表す重要なステータスであるからなのです。
あなたの会社が有名企業や大企業でなくても、優秀な人材を採用することができます。ですので、誰かが辞めるといってきた時は、むしろ人材の質をグレードアップするチャンスと捉えるべきです。タイには日系の日本人営業担当者を抱えた人材紹介会社もたくさんありますし、JOBTHAIといったWEBの採用メディアも数多くあります。特に大手の人材紹介会社は登録者を多数抱え、かなり具体的で細かい採用条件をリクエストしても応えてくれます。たとえば、「人事総務のマネージャー、会社立ち上げ経験3社以上、日本人のための労働許可証取得経験豊富。BOIの各種手続きに明るい。就業規則起草経験あり」といった経験を持った人材が欲しいとして、人材紹介会社3−4社に声をかければ、10人程度の候補者を集めることは容易です。ですので、よほど特殊な能力を持った人でなければ、辞める人にこだわるよりは、積極的にその人よりもっと有能な人に入れ替えてパワーアップを目指す方が得策です。
大切なのは、人が辞めてもいいようにしておくこと
日本の会社は、人がめったに辞めず定年まで勤めることを前提で様々な仕事の仕組みが作られています。それをそのままタイに移植したのでは、人が辞める前提のタイではその度に困ることになります。人が入れ替わることが「当たり前」の環境に対応した、業務の仕組みを作る必要があります。それは、以下の3点の実現です。
- 組織の冗長性・多能工化
- 情報の一元化・共有化
- ノウハウの標準化・マニュアル化
つまり、仕事を属人化させない、この人しかできないという業務を作らないということが重要です。これを聞くと「なんだ、そんなことは日本でも同じ、企業経営にとって当たり前のセオリーではないか」と思われるかもしれません。それは全くその通りなのですが、このセオリーを、タイでは日本においてより徹底して実現することが必要だということです。日本では、仕事が属人化してしまっても、その人が定年になるまでに解消すれば問題なし、という場合が大半です。ノウハウの移転は、長期の時間軸で世代交代とともに行えば十分です。しかしタイでは、誰が明日いなくなったとしても、最低限の業務遂行が継続できるレベルは確保しておかなければなりません。
1. 組織の冗長性・多能工化
タイにおいては、どのポジションの人が辞めてもそれをカバーできるように、少しずつ「のりしろ」を確保しつつ組織を組み立てておくべきです。組織の効率性という面ではムダに思えるかもしれませんが、継続性の確保のためには必須です。一つの業務を、上下関係でも横並び関係でも良いので、他の人もカバーできるようにしておくのです。
生産工場であれば、一つの工程を複数の人がこなせるようにしておく、そのためには、一人の人間が複数の工程をこなせるようにしておく多能工化を行っておくということです。通常であれば、多能工化の目的は生産性の向上ですが、タイにおいては離職対策としても必要です。
営業であれば、ある営業担当者がいなくなることで、人の繋がりが完全に途切れてしまうことが起きないようにする必要があります。営業マネージャーなどの上司が同行営業を行うなどにより、顧客の担当者とは複数人が面識を持っておくことです。
2. 情報の一元化・共有化
紙のファイルでもデータサーバーでも、情報は必ずセンターファイル化しましょう。例えば営業であれば、「見積書」といった書類の種類別でも顧客別でも構いませんが、共有サーバーやセンターファイルに入れさせるようにしましょう。決して個人使用のPCに保存させるようなことがあってはなりません。見積書などの書類を、社内でメールでやりとりするものNGです。メールに添付するということは、ファイルはその度にコピーされて増殖していき、どれがオリジナルファイルなのかがわからなくなります。必ずサーバー上に定位置を決め、一元化して管理しなければなりません。
また、連絡先や名刺などの情報を個人持ちにせず、共有化しておくことも重要です。紙の情報は他のファイルに紛れてしまうと探し出すことが困難です。電子化しておけばキーワードで検索して探し出すことができますので、スキャンしてPDF化し、共有サーバーに入れておく必要があります。セールスフォースなどのグループウエアの導入も、生産性の向上だけではなく引き継ぎの容易化にも有効です。
3. ノウハウの標準化、マニュアル化
日本の環境では、業務の進め方が属人化しブラックボックス化していたとしても、次の世代の人を下につけ、徒弟制度で長い時間をかけてその暗黙知を暗黙知のまま世代間で引き継いでいけば業務を継続していくことができます。しかしタイで時間をかけて引き継ぎを行なったとしても、引き継ぎを受けた方も明日にはやめてしまうかもしれません。ですので、業務の進め方を記録して残していくことを、徹底しなければなりません。最近では、マニュアルといっても紙と文章とは限りません。特に職人技の伝授といった領域では、教える人が「コツ」を説明しながら作業し、それをスマホで動画を撮って残す、といったやりかたも有効です。
それでも、少しでも離職率を下げるためには
とはいえもちろん、離職率を下げていくための対策を取っていくことも重要です。あえてこの話を後に持ってきたのは、どんな対策をとったとしても、日本人のように会社に一生勤めるのが当たり前という感覚を持てといってもそれは無理で、辞める時は辞めますから、人が辞めないようにすることよりも、辞めても大丈夫にしておくことの方がより重要だからです。
1 お金による引き止め
定期昇給やボーナス時に勤続年数に応じた上乗せをつけるといったお金による引き留めは、一度やめてしまうと最低賃金に戻ってしまうワーカー層にはある程度の効果があります。とはいえお金による引き留めは、それ以上の高待遇にはかないませんから、上昇意欲のある層に対しては、効果は限定的です。
2 人の繋がりの見極め
タイ人は、会社に対する忠誠心は低いですが、人に対する忠誠心が高いという文化を持っています。従業員の中のボス的な存在がやめてしまうと、その人と繋がる人たちが何人も続けて辞めてしまうということが起こります。ですので、その人間関係の繋がりをよく見極めておき、特にボス的な存在の人間に不満を持たれないようにしておくことで、人が連鎖的にいなくなってしまうことを避けることができます。
3 職場に「サバーイ」を取り入れる
前述のように、タイ人にとっては「マイサバーイ」(快適でない)ことが離職の理由になり得ます。ですので、会社の中に「サバーイ」を取り入れることが、離職率の低下につながります。例えばタイは暑い国ですので、「イエンサバーイ」(涼しい)という感覚は重要です。冷房の効いた室内での仕事であればもちろん問題はないのですが、冷房を効かせることのできない職場もあると思います。そういった職場では、たとえば屋外の休憩所にミストシャワーのようなものを取り入れることで「サバーイ」と感じられる時間を確保するといった工夫をすることが、離職を思いとどまらせることに役立ちます。また、精神的な「マイサバーイ」を避けるためには、前述のように「叱り方」が極めて重要です。パワハラ型の職場運営が行われることが決してないように努めることが、日本以上に大切です。
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