6.なぜタイ人は、計画性がないのか?

2011年の東日本大震災でサプライチェーンの脆弱さを経験した日本では、BCP(ビジネス継続計画)の策定を行うことが、中小企業の間でも一般的になってきました。一方タイでは、大洪水が同じ年の7月に始まり3ヶ月間にわたり続き、日系企業も数多く進出しているアユタヤ地方の工業団地では、長期間の操業停止を余儀なくされました。日本でビジネスを行う限り地震の発生リスクが避けられないのと同じように、タイのアユタヤからバンコクにかけての地域は元々標高の低い湿地帯であり、洪水が頻繁に起こる地域です。むしろアユタヤやバンコクは、低い土地であるからこそ海から外国船が遡ることができ、内陸の港町として発展できたのです。そもそも、アユタヤ周辺の古い建物は基本的に高床式になっており、時々洪水が来ることを前提とした暮らしが当たり前の土地柄であり、最近の建物が地面に直接建てられていることの方が間違っているのだと言えます。次の洪水がいつ来てもおかしくない状況なのですから、タイにおいてもそれに備えたBCPを策定する動きがあります。しかしながらこれは、タイにおいてはなかなか難しい作業となります。日本人が、「この次に洪水が起こったらどうするべきか?」を議論しようとしても、タイ人の間では「なぜそんな、起こってもいないことについて考えなければならないのか?洪水は毎回違い、どんな規模の洪水が起こるかもわからないのに、考えても仕方がない。そんなことは起こってから起こったことに対して対応するべきではないか?」という疑問が生じるからです。

生産の現場では、今日もタイ人のマネージャーが言ってきます。「今日は〇〇が必要になったが予備の在庫がないので今朝は生産が始められません。まずは〇〇を買いに行ってきます」そこであなたは怒ります。「なぜ今になって言ってくるのだ? そのうち〇〇がなくなるであろうことは、前からわかっていることではないか!なぜそれに備えて準備をしておかないのだ!」しかしそれを言われたタイ人の方は「なぜこの人は、こんなことで怒っているのだろう?」ときょとんとした顔をするばかりです。

私もこう言うことがある度に、当初は「タイ人には、先を予測して備える能力が欠如しているのではないか。こいつらはバカなのか?」と思っていました。しかしだんだんに、どうやらそういうことではないのだ、ということが判ってきました。彼らは「先を予測して予め準備をしておく能力がない」というわけではなく、「物事が起きてからそれに対応することのほうが、起こったことに対して最良の判断ができるのだから、そのほうが正しい」と考えているようなのです。彼らから見ると日本人の行動は、「何が起こるかわからないのにああだこうだと無駄な議論をする。いくらやってもその通りのことなど起こりっこしないのに。こいつらはバカなのか?」と思っているのです。

タイには、こんな格言があるそうです。「魚を捕りに行く前に、火を起こしてはいけない」(参考:「タイの田舎で嫁になる」森本薫子著)これは、こう言う意味だと思います。魚を捕りに行く前に魚が獲れる前提で火を起こして行っても、そう都合よく獲れるわけではない。むしろ火を起こしてしまったことから、すぐに獲って帰らなければならなくなって行動が制約されることで、獲れる魚も獲れなくなってしまう。魚が獲れたという結果を確認してから次の行動に移ることが、物事の正しい進め方である。

確かに、火を起こしてから魚を獲りに行けば、それだけ「時間の節約」にはなります。しかし魚が獲れなければ、起こした火は無駄になります。しかも、火を起こしてしまったがために、その火が燃え尽きるまでに帰らなければならないという時間的な制約が生まれることで、臨機応変な行動を取ることもできなくなってしまいます。仕事において、予備の物品を用意せず、なくなってから行動を起こすというのも、それと同じことなのだと思われます。予め用意していないと言うことは、時間の無駄にはなります。しかし逆に予めあらゆることを想定して予備品を買っておいたのでは、中には結局出番がなく無駄になるものも出てくるでしょう。日本人は時間を無駄にすることを極端に嫌いますが、タイ人は、予め全てを準備して時間を節約することよりも、ことが起こってから考えて、その場に応じたベストな解決方法を取ることのほうが、無駄のない合理的な行動であると考えているのです。そう言われれば、我々日本人は時間を無駄にしないことのみを、過剰に優先しているような気もしてきませんか?

もちろんあなたの会社が部品メーカーで、納期の遅れが客先に多大影響を及ぼすのであれば、時間を守ることがここでは最優先事項であることをしっかりと教育する必要があります。しかし必ずしも時間が最優先とは限らない場合でも、常に時間を最優先するのが日本人であるとも言えます。こういった物事の優先順位に関する考え方も、よって立つ文化の違いによるもので、一概にどちらが正しいとは限りません。タイ人にはタイ人の考え方、物事の優先順位があるのだと言うことを、心に留めておく必要があります。そして必要があるのであれば、しっかりと理由を説明してやらせるのです。この「理由を説明する」ということが、海外でのマネジメントにおいて重要になります。日本人どおしであれば、同じことを当たり前だと思う文化の中では、いちいち理由を説明しなくても、指示だけを出せば良いのかもしれません。しかし異文化の中でのマネジメントにおいては、同じことを当たり前だと思わないと言う前提に立って、きっちりとなぜそれを行う必要があるのかを説明してやらせることが必要になってくるのです。

さらにはタイでは、出産祝いを子供が生まれる前に買ってはいけないと言われています。結婚式の招待なども、日本であれば2−3ヶ月は前に通知が来るのが当たり前ですが、タイでは直前に言われます。お祝い事であっても、あらかじめ準備をすることは良くないとされているのです。あらかじめ準備をしていまうと、良からぬことが起きてしまうと信じられているからです。子供の頃から刷り込まれているこう言った習慣も、タイ人の計画嫌いという考え方の土台になっていると言えます。

タイ人に計画性がないもう一つの理由が、彼らの「幸せ」に対する考え方があります。彼らにとって「幸せな人生」とは、先々の心配をする必要のない人生なのです。たとえお金が沢山あったとしても、先の心配をして心が穏やかでない人生は、不幸な人生なのです。

この考え方は、先に述べたように、お金がなくても食べ物がなくても死にはしない、というタイならではの考え方です。寒い冬が来る日本では、どうやって冬を越すかを心配をして計画を立てて物事をすすめないと飢えて死んでしまうわけで、日本人にとっては先々の心配をして計画を立て、物事をきっちり計画的に進めると言うことが死活問題であったわけで、先の心配をして準備をすることは、避けて通れない道だったわけです。しかしタイでは、心配する必要のないことはなるべく心配しない。起きるべきことはいずれにせよ起きるのだから、起きてから対処すれば良いのであって、起きるかもしれないことを心配して過ごすのは、人生の不幸であると考えるのです。つまり、彼らは「先々の心配をする能力がない」のではなく、「先々の心配をしたくない」のだということも、日本人から見てタイ人に計画性がないように思える、もう一つの理由になります。

参考文献 森本薫子「タイの田舎で嫁になる」)

タイでは、あらゆる事故が多発する

タイに暮らしていると、交通事故を頻繁に目撃します。日本で生活しているときは、車通勤をしていても、交通事故の現場に居合わせることはせいぜい数年に一度程度ですが、タイでは月に数回は事故現場を目撃します。統計的にも世界の交通事故死者数ランキング(人口10万人あたり交通事故死者数 2015年 世界保健機関WHO)を見ると、1位リビア73.4人についでタイは2位の36.2人となっています。ランキング上位の他の国を見てみると、3位マラウィ、4位リベリア、5位コンゴなど、アフリカの国々が続きます。タイは政情が比較的安定している国の中では世界的にも突出して危険であると言えます。日本はというと、10万人あたり4.7人。181カ国163位と、世界でも最も事故による死者数の少ない国の一つとなっています。我々日本人は、世界で一番安全な国の一つから世界で一番危険な国の一つに来ているのですから、感じるギャップが大きいのは当然のことと言えます。

それではなぜ、タイではこれほどまでに事故が多いのかというと、その原因はタイ人の行動にあります。車で走っていると、目の前の路地からこちらを全く確認せずにいきなりバイクが出てくるといったことが非常に多いです。また、私は通勤で使っていた工業団地に向かう大きな通りの両側には水路ののり面があるのですが、その水路に大型のトラックが横転して転落しているのを月に1−2度は見ていました。渋滞の時に路肩を通過しようとして、ギリギリを走りすぎて水路に転落してしまうトラックが後を絶たないのだと思われます。またタイでは11月の乾季になると草木が枯れますので、枯れ草を集めて焚き火をして燃やすことが多いのですが、木造の建物の軒下などでも平気で火を焚いているのを見かけます。

このように、タイ人は日本人からすると考えられないような、危険性をはらむ行動をとります。「そんな運転をしていたら、いつか事故が起きるだろう」「そんなところで火を焚いていたら、そのうち火事になるだろう」というような、先にある危険を考えない行動を平気でするのです。タイ人がそのような行動を取るのは、その先に危険があるということを認識していないからなのですが、その原因の一つは、安全教育の欠如から来る知識の不足が原因であると言えます。しかし更に言えば、これらの危険な行動の裏側には、タイ人の先々の心配をしない精神に起因していると考えざるを得ません。タイ人の、先に起きることを予測し、それに備えた行動を取るということが苦手な、あるいはそういう行動を取ることを好まないタイの文化が、事故の多い社会を作り出しているバックグラウンドにあるのだと言えます。事故や火災の場合にはタイ人の「起きてしまってから考えればよい」という価値観が仇になっているのです。

タイにおいてマネジメントを行うにあたっては、職場の安全の問題は特段の重要性を持つと言えます。職場においても、日本人にはとても考えられないような危険な行動を取ることが多いのですが、このことについては文化の違いだからといって許容するわけにはいかないからです。

これまで本稿では、「日本人から見たタイ人は普通ではなく見えるけれど、それはタイ人から見ても同じ。世界的に見ればおかしいのは日本人の方かも」というお話をしてきました。しかしこの安全に対する意識の部分だけは、日本が世界的に見ても安全な国であることは確かですが、タイ人の安全意識の低さは世界的に見ても最悪の部類であると言えます。

タイにおいては、「普通に考えて、まさかそんな行動はとらないだろう」という日本人の常識は通用しないという前提で、職場安全については日本以上に徹底的にルール化して教育を施す必要があります。

安全の問題についてはタイ政府もただ手を拱いているわけではなく、職場安全に関する法律や規則を次々に打ち出しています。その一つに職場安全講習の受講があり、会社のトップからマネジメント層、リーダー層といった層別に、安全に関する研修を受けることが義務付けられています。この研修は日本人も例外なく受けなければならず、日本人向けには日本語通訳付きの講義も用意されています。2日間みっちり講義を受けて、講義の最後に行われる試験で合格点をとらないと受講証が発行されません。製造業の皆さんは、赴任当初のまだよくわからないうちに受けさせられた方も多いと思います。私も「なぜ2日間もとられなければならないのか?」と疑問に思いながら受講したのですが、このような研修が義務化される背景には、タイにおけるとんでもない事故の多さがあるのだということを後になって認識しました。安全に関しては、毎年のように規則が改定され義務が増えるので、正直なところうんざりする部分もあるのですが、このような背景を理解すれば、やむを得ないところです。

中小企業診断士

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