9.タイ人の「根拠のない自信」はどこから来るのか?

エリン・メイヤー教授の「カルチャーマップ」の8つの軸のうち、タイと日本とでカルチャーの違いの大きいのは「スケジュールリングにおける時間感覚」と「意思決定におけるトップダウンか合意志向か」の2つの指標でした。残りの6つの指標については、日本とタイは近いカルチャーを持っているということです。

一方欧米の国々は、多くの領域においてタイとは遠いカルチャーを持っていますので、我々日本人がタイで感じるカルチャーギャップより多くの領域でカルチャーギャップを抱えながらタイでビジネスをしているということになります。と考えると、日本とタイとのカルチャーギャップに悩む我々は、まだ「マシ」であり、在タイ欧米企業のマネジメントの人たちは、日本人以上にタイ人マネジメントに大変な苦労をしているであろうことは、想像に難くありません。

それでは、日本とタイが近いポジションを持つ、残りの指標のうちのいくつかにも触れておきたいと思います。1つめは「コミュニケーションにおけるハイコンテクストかローコンテクストか」という指標です。この指標は、コミュニケーションにおいて直接的に明確には言わずにほのめかすようなメッセージを発し、受け手は「空気を読む」受け取り方を行う「ハイコンテクスト」なコミュニケーションを行うカルチャーと、明確に直接的にメッセージを発し、言われた方も言葉のままに受け取る「ローコンテクスト」なコミュニケーションを行うカルチャーです。

この指標においては、アメリカが最も「ローコンテクスト」なカルチャーを持っており、オーストラリアやカナダなどが続きます。これらの国々の共通点は移民によって形成された国であり、元々多民族多文化な国であるため、同一文化を持つもの通しでしか通用しないハイコンテクストなコミュニケーションが成立しないのです。そしてそれに、オランダやドイツ、イギリス、デンマークやフィンランドといったゲルマン系、アングロサクソン、北欧系の国々が続きます。そしてフランス、イタリア、スペインといったラテン系の国々は、ゲルマンやアングロサクソンよりはハイコンテクストなコミュニケーションカルチャーを持っています。

しかしなんといっても、世界で最も「ハイコンテクスト」側の端に位置しているのが日本です。これは、日本人が世界でも最も純粋な単一文化の持ち主であることを示しています。物事をはっきりと言葉にして表すのではなく、「ほのめかす➡️察する」という、結論を言わずにコンテクスト(文脈)で物事を伝えようとする、ハイコンテクストなコミュニケーションを取るカルチャーを、日本人は持っていると言うことです。日本人がマルチカルチャーな環境で仕事をする時には、自分たちのコミュニケーション方法は世界でも一番特殊なものであるということを、まずは意識する必要があります。そしてタイのカルチャーも「ハイコンテクスト」側の日本にかなり近いところに位置しています。つまり、日本人もタイ人もお互いに「はっきりものを言わない」カルチャーを持っているということになります。

このことは、はっきりモノを言わないどおし、お互いの気持ちを分かり合える部分もありますが、お互いに遠慮してはっきり言わない中で「察してもらう」ことを期待しているわけで、そのことはむしろコミュニケーションを困難にしていると言うことも言えます。たとえば、夫婦の会話を想像してみてください。片方が寡黙で言いたいことをはっきり言わない性格であっても、もう片方が言いたいことをはっきり言い、聞きたいことをはっきりと口に出す性格であれば、コミュニケーションは成り立つ場合もあります。しかし夫婦とも言いたいことをはっきり言わない性格であるとすると、表面的にはケンカもなく平和なのかもしれませんが、お互いに不満を募らせて、どこかで爆発してしまうと言うことが起こり得るでしょう。それと同じように、タイ人は日本人以上にグレンチャイ(遠慮)の文化を持っているため、たとえ上司の指示に賛成できなかったり指示の内容が理解できなかったとしても、自分から表立って反論したり質問したりすることは滅多にありません。せいぜい、あえて聞いてみると遠慮がちに言う、それも一度聞いただけでは言わずに、よほどリラックスさせて打ち解けた後にようやく口に出す、というような性格のタイ人は多いのです。そう言う性格のタイ人は、一見大人しく問題のない社員に見えます。しかし、不満が伝わってこないために、辞める時にはいきなりやめてしまうように見えるため、不満を常に口に出している社員よりむしろ、定期面談の際により突っ込んでインタビューをしたり、普段からしっかりと観察をしておく必要があります。

そう言う社員に対しては、仕事に対する指示を出すときでも、相手の言葉を鵜呑みにしてはいけません。指示に対して「YES」という返事をもらって安心していると、後になって指示がよく伝わっていなかったということが往々にして発生します。ですので、「YES」という言葉を聞くのではなく、指示を受けている時の相手の目を見て判断することが必要です。口では「YES」と言っていたとしても、「目は口ほどに物を言い」と言いますが、口よりは目の方がむしろ正直なので、指示がよく理解できていなければ、一瞬でも不安そうな表情が読み取れます。日本人もタイ人も、お互いに物をはっきり言わないどおしだからこそ、言葉だけではない表情やしぐさなどのコミュニケーションをより汲み取っていくことが必要なのです。

このように、日本人もタイ人もお互いに「ハイコンテクスト」なカルチャーを持つと言う意味では同じ領域にあるとはいえ、そもそも違うカルチャーを持つわけですから、お互いの「コンテクスト」そのものが相手には通じないというコミュニケーション上の落とし穴があることも忘れてはいけません。言葉の使い方が日本人とは逆であるケースがままあるからです。たとえば「できるかどうか、やってみなければよくわからない。もしかすると出来るかもしれないが、出来ないかもしれない」という内容の指示を受けたとしましょう。日本人であれば、出来なかった場合に相手をガッカリさせることを避けるために、とりあえず「難しい」返事をすることが多いと思います。しかし、日本人の「難しいです」は「もしかするとできないかもしれません」という意味であり、大抵の場合は「YES」の意味だったりします。しかし、タイ人の場合には逆に、出来ない可能性がかなりあったとしても「ダイ(可能です)」と答えることが多いのです。それは上司に「やれ」と言われた時に、やってみもせずに否定するのは無礼きわまりないというニュアンスでしょうか。日本人が内心ある程度やれると思っていても「できます」とは言わないと言う性質を持っているのに対して言葉の使い方が反対になります。このことから、日本人からタイ人を見た時に「できもしないことをできると言う、その根拠のない自信はどこから来るの?」と思えることが多々起きることになるのです。

中小企業診断士

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